| 丹波篠山を訪ねて その2 (兵庫県篠山市) |
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| ←王地山陶器所→ 王地山焼は、江戸時代末期、藩主青山忠裕が、 京都から名工、欽古堂亀祐(きんこどうきすけ)を 招いて指導させた藩窯。 廃藩と共に、明治2年(1869)廃窯、 その後120年を経過した1988年にその名も同じ 王地山陶器所として復興されたようです。 |
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| 王地山まけきらい稲荷→ 勝利守護の神として信仰され、 必勝祈願の人々が参拝に訪れるようです。 思わず立ち止まって見てしまった ”まけきらい”という名前は、”グー”でした。 |
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| ↑春日神社の秋の祭りの山鉾”孔雀山”が 収納されています。 |
↑梅角堂 明治42(1909)年創業。丹波篠山の名産を使い、 素材の味を生かした和菓子「黒豆三笠」が有名です。 |
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| ←丹波杜氏酒造記念館 丹波は冬の気象条件の厳しい土地で 江戸時代中期、裏作のできない農民たちは 冬場の収入を求めて 酒造りの出稼ぎをするようになりました。 これが丹波杜氏の始まりで、 最盛期の明治時代には 5000人もの杜氏や蔵人が、 灘五郷をはじめ全国の酒蔵でおいしい酒造りに その技を発揮したそうです。 |
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| ↑栗屋西垣1923年(大正12)創業の栗菓子専門店。 看板商品は純栗羊羹1本2000円 |
↑丹波黒大豆(丹波黒)では、特に、川北、波部黒品種有名です。 昼間と夜間の温度差が大きい篠山盆地特有の気候と、粘土質の土壌が黒豆の 栽培に適しているそうで、 江戸時代には篠山藩主が毎年、将軍に丹波の黒豆を献上し好評を得たとの話もあります。 黒豆の植え付けは、今月の末あたりだそうです。 どおりで、なにも植わっていない畑があちこちにありました。 時折、畑を耕している人を見かけたくらいです。 収穫は、10月。ということは、今は時期はずれですね。 |
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| ←ざくろ | ||
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篠山玉水ゆり園 60種10万本のユリ園です。 |
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| ↑篠山城の井戸水の水源地、史跡「玉水」 | ||
| お昼ご飯を食べた店の方が、「ゆり園行かれましたか?、この辺では、有名ですよ」と言う言葉に誘われて、ゆり園に来てみました。 本来なら、入園料大人500円がいるのですが、受付の方が「今日は、結構です」といって、招待券もいただきました。 ”これは、なにかあるぞ?”それも、そのはずです。10万本のゆりの中で、咲いていたのは、十数本だけでした。 広い園内で、ゆりが所狭しと植わっていて、つぼみも沢山ついていて、もうすぐ咲きそうなのも、いっぱいありましたが・・・ 残念でした。(ガッガリ) 一週間後なら、きれいなゆりの花が見れそうですが・・・ 観光バスが、入れ替わり到着して、観光客が次々と園内に入ってきていますが、 皆同じ思いなんでしょうね。 篠山市黒岡 |
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丹波篠山という名前は、よく聞いて知っていましたが、実際に訪れたのは、今回がはじめてです。 篠山城址、御徒士町(オカチマチ)武家屋敷群、青山歴史村、丹波古陶館などなど 史跡や文化財が、市内のあちこちに残っていました。 それに、丹波栗,丹波松茸、丹波黒豆、山の芋、篠山肉牛、ボタン鍋と篠山を代表する特産物も沢山あります。 観光地として、かなり整備も行き届いていて、ゆっくり散策できました。 駐車場も沢山あり、45分までは無料で、それを過ぎれば、時間制限無しの200円でした。 茅葺き屋根の家が点在する町並みは、ノスタルジーを感じさせてくれそう!! まだまだ、見たり、食べたりしたくなるような街でした。 今度来る時は、収穫の秋が、いいなあ。 さあ、これから、今回の目的地”丹波焼のふるさと立杭(たちくい)”へ・・・ |
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