伊豆半島一周 ドライブ その2
南伊豆
(静岡県)
2009.3.5-6
下田
第2代将軍徳川秀忠の時代の元和2(1616)年海上交通の要所ということで、下田奉行が初めて置かれました。
享保6(1721)年、浦賀に御番所が移るまでの100年有余もの長い間奉行が置かれ、
また、1854年ペリーが上陸し、鎖国の扉を押し広げた開国の街
です。
ペリー艦隊来航記念碑
1854年、合計1265人ものアメリカ人を乗せたペリー艦隊7隻が
下田港に「入港」した記念碑
下田港
江戸幕府は、「日米和親条約」を締結し、
この下田港と、北海道の函館港の2つを開港場とし、
外国船の出入りを許可しました。

下田が開港場として、さかえたのは短く、
1859年(安政6年)日米通商条約が結ばれて、
横浜が貿易港として、開港されるまでの、わずか5年間でした。
来航したペリーが歩いたという通称”ペリーロード”沿いにある伊豆石造りの建物が、独特の風情を醸し出していました。
下田を代表するなまこ壁の民家

黒船が来航したとき下田の街の人々も、さぞ、びっくり仰天し、圧倒され混乱したんでしょうね。
そして、幕末から明治維新へと、日本の大転換期がやってきたのですが、
よくぞ、植民地にならずにすんだものだと、つくづく思いました。
次回は、下田に泊まって、ゆっくり散策しながら、開国の街を味わいたいと思いました。

伊豆半島最南端「石廊埼」(いろうざき)の灯台
相模灘と遠州灘を分ける伊豆半島最南端の岬。海から高さ60mの断崖
石廊崎灯台駐車場
灯台まで、徒歩15分
役の行者の像
天智天皇の6年に大和国葛木上郡茅原村に生まれ、頭の上に
小さな角が生えていたので役の小角(おづぬ)と呼ばれ神童と称せられた。
のちに韓国連広足(からのくにむらじひろたり)は小角の超人的な妖術を
恐れて699年5月に南伊豆へ流された
南国情緒がたっぷり
道の途中には、このような熱帯植物が沢山生い茂っていました。
たぶん、ジャングルパークという熱帯植物園があった場所らしい。

雨、風がきつくなってきて、写真を撮るたび、カメラも手もびしょぬれ・・・
石室神社の鳥居
石廊崎灯台・・・
この先に石室神社
がありますが、雨、風が激しく、傘の骨は折れるわ、びしょ濡れになるわで、ここまでくるのがやっとでした。
でも、こんな時に来るのは、わたしたちだけかと思ったのですが、行きに一組、帰りがけにも一組見かけました。


伊豆半島一周ドライブ その1
伊豆半島一周ドライブ その3(堂ヶ島、恋人岬、富士川SA)

  小さな旅

2009.3.5-6